キャズムを超え始めたコンプライアンス

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どうも、RAq(@raq_reezy)です。

最近、世の中のコンプライアンス・チェックがどんどん厳しくなっていく中で、ひとつのキャズムを超え始めたかなと思うことがあります。

従来のコンプライアンス・チェックは「良くないものに対して、これまで甘かったのが厳しくなった」というパターンで、「前は許されていたおふざけがテレビで流せなくなった」とか「#MeToo」等は、これに該当すると思います。このパターンは、これは時代の流れなので、社会的な信用を得たいのであれば現在のコンプラに従いましょうというだけの話だと思うんですね。

一方で、社会のコンプライアンス・チェック機能が発達した結果として、新たに出てきているんじゃないかと思うのが、コンプライアンスの名を借りた、純粋に思想や考え方が違う人間に対する糾弾です。そうした中で、ツイッターも思想同士がぶつかりあう終わりのない言論空間になりつつあるのかなと。

なので、最近はツイッターを見る時間が減りつつあります。

ツイッターでは毎日プロレスが展開されてるんですけど、現実世界ではそんなの全く関係ないんですよね。たとえば、お正月に実家帰ったら、親はAbema TVで藤井さんの将棋対局見てるんですね。

ツイッターで、二つの相反する思想がお互いの正義をかざしてコンプラ合戦してるのを毎日追いながら自分の意見を日々表明するというのは、恐ろしく消耗的で生産性のない生き方だなと。

自分の中で、自分の哲学と判断軸を育てて、それをもとに自分の向き合うべき課題に向き合っていこうと思う最近です。

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