「次の日にはリークするかもしれないアルバムを500万ドルで買い戻した」。JAY Zが眠れない日々を過ごしたBLUE PRINT 3の裏話。

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part1:「彼女は言葉への愛をくれたんだ」。JAY Zが語る小学6年生時の担任の存在。

part2:「18歳という統計的なファン層をターゲットにしない」。Jay Zが音楽業界で成功し続けてきた理由とは。

part3:「次の日にはリークするかもしれないアルバムを500万ドルで買い戻した」。JAY Zが眠れない日々を過ごしたBLUE PRINT 3の裏話。

part4:「多くの人がそこで過ちを犯してる」。Jay Zが他のアーティストとステージに立つ理由。

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Jay Zが音楽業界でしてきたこと

インタビュワー:

一番最初はどんな感じだったのかな。

君が音楽ビジネスを学ぶことになったきっかけは?

 

Jay Z:

それしかなかったんだ(笑)。

俺たちが天才で自分たちの会社を作ろうって考えたんだって言いたいところだけれど、実際はそうじゃないんだ。俺たちは最初全てのレーベルを片っ端から回ったけれど、どこも俺たちを受け入れてはくれなかった。

そこで俺たちが天才的だった点は、ギブアップしなかったことだね。俺たちは「あいつらに何が分かるんだ」的なアプローチを使ったんだ。俺たちはギブアップせずに、自分たちで曲を売って、話題を作って、それでレコード会社が俺たちのところに戻ってきたのさ。だから、その時点で俺たちは違う交渉が出来た。アーティストとレーベルという契約とは違ったんだ。俺たちは自分の会社のオーナーシップを持ってたし、それは俺たちにとって何よりも素晴らしいことだったね。

 

インタビュワー:

君が近年やったこととしては、3年ほど前まではDef Jamの代表をやっていたよね。君はそこを飛び出して、音楽ビジネスのおかしいところを見付けて、それを正したいと思ったの?

 

Jay Z:

俺は飛び出したいと思ったわけじゃないんだけど、Def Jamをファンドみたいにして働きたかったんだ。

 

インタビュワー:

レコード会社が、アーティストを片っ端から壁に向かって投げてみて、どれが壁にくっつくかなというようなことをしていて、それがおかしいと思ったわけではない?

 

Jay Z:

音楽ビジネスでは、長い間、ヒット曲がすべての問題を解決したんだ。インターネットもYoutubeも無かったし、他の要素はあまり多くなかった。ただ音楽だけだったんだ。だからその頃のモデルはまだ存在してるだろうね。とりあえずアーティストをデビューさせてみて上手くいけばいいなってモデルだね。

でも機械化が進んでいく中で、多くのものが失われたんだ。制作費やアーティストの育成費も減った。だから音楽ビジネスとしては、物凄い数のアルバムをリリースさせるけれど、当たる確率が凄く低いって地点に達してしまった。56人をデビューさせて4人しか上手くいかないみたいなね。

だから俺は全ての文化を持ち込みたかったんだ。俺はファンドが欲しかった。アーティストとサインする以外のこともしたかったんだ。たとえばテレビ局を買ったり、クラブを買ったりして、アーティストを育成できるようにしたかったし、ヘッドフォン会社を買ったり、たくさんのやりたいことがあった。でも当時、たぶん彼らはそこまで考えられてなかったんだ。その地点で彼らがやりたいことではなかったんだ。

俺はこのままじゃ自分の時間を浪費してしまうと思ったから、自分のRoc Nationを始めたんだ。それが俺たちのやってることだよ。出版社もあるし、作曲家も作詞家もいるし、レコード会社もあるし、ツアー会社もあるし。

 

500万ドルでアルバムを買い戻したJay Zが過ごした眠れない日々とは

インタビュワー:

最後のアルバム契約を買い戻すために500万ドルを支払ったときは眠れない日々を過ごした?

 

Jay Z:

そうだ、それについては、もっとスゴイ話があるんだ。さっき言ったようなことを提案して受け入れられなかったとき、俺はあるグループを買ってRoc Nationを作ったんだけど、それはビジネスマンとしての俺だね。でもアーティストとしての俺はまだDef Jamやユニバーサル(Def Jamの親会社)とアルバム1枚分の契約が残ってたんだ。

L.A.Reidは当時、Def Jamの社長だったんだけど、彼がしてくれた素晴らしいことは、俺をダグ・モリス(当時ユニバーサルの社長)に会わせてくれたことだね。俺とダグは素晴らしい関係だったから、凄くクールだったんだけど、とにかく契約が残っていた最後のアルバムを買い戻したんだ。

でも、みんなが知らないことが一つあるんだ。俺がハワイでのレコーディングから飛行機でニューヨークに帰ってたとき、ポケットにはiPodを入れてて、ジョギングパンツを履いてたんだけど、ハワイで録音した全ての曲が入ったiPodが無くなったんだ。たぶん飛行機のどこかに落としたんだろうね。

だから次の日、俺は500万ドルでアルバムを買い戻したんだけど、それは次の日にもリークするかもしれないアルバムだったんだ。だから俺は毎朝起きたらインターネットのあらゆるところを調べて、リークされてないことを確かめてホッとするって日々を、3ヶ月だよ、3ヶ月間も過ごしたんだ(笑)。

でも最終的には良い判断だったと思うよ。俺は違う方向に向かってて、自由になれたし、会社は500万ドルを手にしたしね。そのアルバムはBlue Print 3で、とても成功したアルバムだったんだ。収録曲の”Empire State of Mind”はシングルで400万枚売れたしね。俺の中で一番売れたレコードだね、ソロ・アーティストとしては。だから、とても良い時間だったよ。それに俺は運命を信じるから、あれは正しい時に正しいことが起こったと思ってるんだ。

 

バフェットが語る、80年間のラッキーな人生

インタビュワー:

運命という話でいえば、僕たちはハードワークや原点、継続性の大切さは分かったけれど、運というのはどうだろう。量ることはできないけれど、そこにあるというのは分かるものだよね。

ウォーレン、何か考えはある?

 

バフェット:

私にはたくさんの運がありました。1930年代にアメリカに生まれたということ一つとっても、オッズが私に30:1になるくらい運が良いことでした。

それに私についていえば、企業の資金配分というものによって仕事をしているわけですが、100年前のネブラスカだと企業の資金配分で仕事をしようとしても何も手に入らなかったでしょう。今、世界のどこかに生まれたとしても、これほどのチャンスには巡り合わなかったでしょうし、すぐにお金持ちになれる資本主義の世の中に生まれたということは本当に運が良かったことです。私は金融市場のシステムに正しく投資をしただけなのです。

もし私が他の分野で才能があったとして、その分野が金融に比べて商業性が低い分野だったとしたら、私は同じように楽しんだでしょうが、ここまでのお金を手にすることはなかったでしょう。

先ほどジェイが完璧に表現してくれたのですが、彼が自分の思うようにレコーディングをして、お金が後から来るという話をしていて、私も自分の好きなことを出来ているという点では、これほど運がいい事はありません。私はもう80歳ですが、一日も欠かさず、自分がやりたいことを出来ているのです。私はたとえ見返りが貝殻か何かだったとしても、この株式投資というものをやり続けていたでしょう。もしやりたいことを仕事にできたなら、私は毎日タップダンスをしながら職場に向かうのですが、毎日は凄くエキサイティングになるのです。だから、それはとてもラッキーでした。

もしかしたら違う形になっていたかもしれないことです。1930年代に女性や黒人として生まれていたら、同じ機会は得られなかったでしょう。チャンスがあったのです。私の姉は私よりも全然賢かったのですが、(1930年代の女性だったために)社会に同じような期待を持てていなかったのです。私は本当にあらゆる面で運に恵まれていました。

私はハーバード大学に入学を許可されませんでした。だからコロンビア大学で勉強して、人生を変えることができた。それも運が良かったことです。全てが上手く働いたのです。

だから私は、これからもラッキーで居られればいいなと思うんです。とりあえずのところ、これまで80年間は、ラッキーでいることが出来ました(笑)。

 

「多くの人がそこで過ちを犯してる」。Jay Zが他のアーティストとステージに立つ理由。に続く。

 

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