オールドスクールとは
オールドスクールとは、主に1970〜1980年代の黎明期のヒップホップを指します。
アメリカ東海岸のニューヨークにおいて、地域のパーティであるブロックパーティーで、1970年代からクール・ハークやグランド・マスター・フラッシュ、アフリカン・バンバータといったDJたちが音楽をかけるようになります。
クール・ハークは、当時ディスコ音楽などが流行っていた中で、ブラックミュージックであるファンクやソウルをかけたのが特徴的でした。さらに2枚のターンテーブルを用いて曲の間奏(ブレイク)の部分を永遠にプレイするブレイクビーツというDJプレイで、新しいパーティーを生み出しました。
クール・ハークのパーティーでは、音楽が流れている間、コーク・ラ・ロックがマイクを持って、遊びに来た友だちの名前を呼んだり、大麻などのドラッグを売ったりして、パーティーを盛り上げていました。これがMCの始まりでした。徐々に、MCは韻を踏むようになり、ラッパーとなっていきます。
クール・ハークのパーティーに訪れたアフリカン・バンバータは感銘を受けて、自分の地元で同じようなパーティーを開き始めます。また、彼は地元のギャングをまとめてズールー・ネイションというヒップホップで平和を追求する組織へと作り変えて行きました。
続いて、グランド・マスター・フラッシュがスクラッチなどのDJテクニックを生み出して、ターンテーブルを楽器のように演奏するようになります。これに影響を受けて、DJはどんどん広がって行きました。
しかし、みんなに踊って欲しくてDJ技術を磨いたグランド・マスター・フラッシュは、技術が高度になればなるほど、みんなが彼のプレイをじっと覗き込むようになるのにフラストレーションを感じていました。そこで、メリー・メルなどのMCがマイクを持って、彼のパーティーを盛り上げるようになります。やがて、彼らのチームは、グランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイブというクルーになっていきました。
また、当時クラブでは、誰が観客を盛り上げられるかといったライブのバトルが行われていました。これらのバトルにおいて、見た目やダンスといった総合的なパフォーマンスを高めたクルーが多かった中で、高いスキルのラップを披露することで人気を得たのがグランドマスターカズ率いるコールドクラッシュというクルーです。パーティーにおける彼らのライブの録音が出回ったことで、その高度なラップ技術が広がり、多くのラッパーが誕生する土台となっていきました。
こうしたヒップホップ黎明期のパーティーの様子を曲という形に落とし込んでいったものがオールドスクールのヒップホップです。
ミュージシャンでプロデューサーでもあったシルヴィア・ロビンソンは、ヒップホップのパーティーに衝撃を受けて、自身のレーベルでヒップホップのレコードを作ろうとしました。その結果、ヒップホップ最初のヒット曲である、シュガーヒル・ギャングの「ラッパーズ・デライト」が誕生します。
また、自分のラップの上手さを自慢したり、パーティーを盛り上げる趣旨の曲が多かった中、グランドマスター・フラッシュ&フューリアスファイブが「ザ・メッセージ」という曲を発表。ハードコア・ヒップホップとも呼ばれる、社会的なメッセージを纏うラップが誕生しました。
1990年代に入ると、ミドルスクールやニュースクールと呼ばれる、新しい世代のラッパーたちが登場しました。また、ウェストコースト(アメリカ西海岸)では、カラーギャングの影響を受けて、ストリートの様子をリリックに落とし込んだギャングスタラップが誕生し、商業的にも成功を収めていきました。
written by @raq_reezy
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