カニエの最新アルバム『ye』が発売されました。
『YEEZUS』頃から追っている人ならカニエの現状や彼のメッセージの背景が理解できているかと思いますが、せっかくなのでここで説明してみたいと思います。
今回は5枚目のアルバム『My Beautiful Dark Twitsted Fantasy』以降を説明させていただきますが、それまでの4作品も素晴らしいので、またの機会があれば書きたいと思います。
それでは話を進めましょう。
記事の目次
完璧なアルバム『My Beautiful Dark Twitsted Fantasy』
カニエのアルバムは基本的に全て素晴らしいのですが、5枚目のアルバム『My Beautiful Dark Twitsted Fantasy』は本当に最高の作品でした。
Pitchforkでは10/10、Rolling Stoneでは5/5を獲得し、カニエ自身も「完璧なアルバム」と表現しています。
俺は完璧なアルバムは作れるんだって事は既に証明できたと思ってる。『My Beautiful Dark Twisted Fantacy』は完璧だった。おれは完璧なアルバムを作る方法を知っているんだ。
「ドラッグ、お酒と一緒に消費される音楽よりも、人に影響を与えてしまう芸術作品を作る」。カニエが語る『YEEZUS』で目指したものとは。
マイク・オールドフィールドなどをサンプリングしたうえに、多くの生演奏を加えたアルバムのサウンドは重厚な高級感に溢れ、歌やラップにも素晴らしいアーティストたちが惜しみなく招集。
たとえば「All of the Lights」では、曲中でパートが与えられているリアーナとキッド・カディだけでなく、「All of the Lights」というワンフレーズの合唱のためだけに盟友ジョン・レジェンドやアリシア・キーズ、エルトン・ジョン、ブラック・アイド・ピーズのファーギー、そしてドレイクなどが参加しました。
ぜひ聴いてみてください。
「Monster」では、リック・ロスや兄貴分のジェイZに加えて、カミングアップ中のニッキー・ミナージのスキルフルすぎるラップが話題になりました。
こうして「完璧なアルバム」を作ってのけたカニエは、音楽業界においてやるべきことは一旦全てやったという考えから、次第に音楽以外の分野におけるクリエイティブな仕事への興味が高まるようになりました。
俺は「俺の人生の”トゥルーマンショーの船”はもう壁の絵に当たったんだ」って言いたいんだよ。
しかも、俺はマイケル(ジャクソン)でさえ届かなかったポイントまで届く事が出来た。
俺はガラスの天井にもう手が届いたんだ、アーティストとしてもセレブリティーとしてね。
俺が言いたいのは、俺は生産者なんだってことだ。
服だけじゃなくて、飲み物のボトルのデザインとか、建築、なんかでも考えられるもの全てだ。
「黒人が音楽スターとして活躍することを可能にしたのはマイケル・ジャクソンだった」。マイケルよりも上に手が届いたときに、カニエが感じたクリエイターとしての壁。
もともとテイラー・スウィフトの授賞式の事件など、問題発言や問題行動が多かったカニエではありますが、カニエの精神面が不安定になり、「昔のカニエに戻って」という声が本当に増えてきたのは、カニエが音楽以外への進出意欲を高くした後だと言えるでしょう。
音楽以外に進出したいカニエのフラストレーション
カニエが具体的に目指したのは、アパレル業界への進出でした。
もともとナイキとのAir Yeezyシリーズが大人気だったカニエは、名前を貸すだけでなく、自分の意見をもっとアパレル業界に反映していきたいと考えるようになります。
カニエからすると、ナイキとのコラボ作であるAir Yeezyは、一瞬で売り切れて、ebay(オークションサイト)で9万ドルという値段までつくほどの靴となったのに、ナイキがカニエをアイコンとして使おうとするだけで、彼に積極的に靴作りから関与させないことが信じられなかったのでしょう。
音楽業界でも、最初はプロデューサー・ビートメイカーとしてキャリアをスタートして、「ビートだけ作って入れば良いのに」と周囲が反対する中でラッパーとしてもデビューして成功した原体験を持つカニエ。
彼からすると、周囲が「音楽だけしてろよ」と言っても、アパレルにも進出するというのは、その時と同じで、当たり前のことだったのかもしれません。
ところが、外部者であるカニエを快く受け入れないアパレル業界の保守的な在り方に、カニエは苛立ちを募らせていきます。
以下は、FENDIに過去に提案したデザインが一蹴されたのに、今になって同じようなものが販売されていることにインタビューで触れた場面で、かなり感情的になっています。
俺とVirgilはローマでFENDIに何度も何度もデザインを提案したけどその度に却下された。
レザーのジョギングパンツのデザインを6年前に提案してたんだぜ、でもあいつらはNoっと言って突き返した!
今じゃ、どれだけの奴らがレザーのジョギングパンツ履いてると思ってるんだよっ!?
Hedi Slimane(ロックテイストのデザイナー、レザーのジョギングパンツを出したと思われる)が「コレが俺のコレクションだよ」みたいな顔して五千ドルのジーンズとか、気取ったモノをそこら中で売ってるけど、言わせてもらうぜ。
俺らがカルチャーなんだ!!!
「黒人が音楽スターとして活躍することを可能にしたのはマイケル・ジャクソンだった」。マイケルよりも上に手が届いたときに、カニエが感じたクリエイターとしての壁。
純粋に音楽として完璧だった『My Beautiful Dark Twitsted Fantasy』の次のアルバム『YEEZUS』からはサウンドは実験的に、そして歌詞の内容は音楽以外の場所で感じたフラストレーションが表現されるようになっていきます。
『YEEZUS』であれば「New Slaves」などで特に顕著です。
俺の母親は、白人にしか綺麗な水が行き渡らない時代に生まれ育った。
俺はアパレルをやっていて、みんなは俺が手助けを得ていると思うかもしれないけれど、あいつらは、俺が綿を摘むところからやらないと満足しないような奴らだった
Kanye West – “New Slaves”
この後、有名ブランドが自分に自由に作らせてくれることはないと悟ったカニエは自らの力でアパレルに挑戦するも53億の借金を抱えることに。Rocawearなどの自分のブランドを成功させて、ラッパー以外にも数々の経営へと手を広げていく兄貴分JAY Zへのコンプレックスもあったことでしょう。JAY Zをツアー中にディスするなどの奇行も目立つようになり、ついには精神病院に収容されるほどになってしまったのです。
このあたりは以下のnoteにまとめているので、読んでみてください。
実業家から大統領への道を切り開いたトランプへの共感
カニエはトランプ大統領が誕生したとき、「もしも投票に行っていたならトランプに投票しただろう」と発言したり、一早くトランプと面会しに行ったりと、ヒップホップ・コミュニティとは少し違う動きをしていました。
その後、精神が不安定になったことで療養期間を過ごしていましたが、今年4月にツイッターに復帰してからは、再びトランプ大統領への共感を表明するようになります。
考えてみると、トランプ大統領は、元は不動産屋です。
父親は低所得者向けの不動産屋をしていましたが、家賃の取り立てなどをするうちに、お金も払わないし礼儀もひどい低所得者を相手にするよりも、高所得者を相手にビジネスをするべきだと考えるようになったトランプ。
彼は低所得者向けのアパートなどの不動産を売り払い、勝負に出ます。
トランプが選んだ立地はグランド・セントラル駅の近くという好立地にある老朽化したアパートビルでした。
しかし、新しくて綺麗なビルを建て直すお金は当時のトランプにはありません。そこで、彼はボロアパートの外壁をキンキラキンにリニューアルして「グランド・ハイアット」と呼んで売り出したのです。
そこからは紆余曲折がありながらも、得意の交渉術やリスクテイカーの精神を持って、成功を手にするようになります。
そして「ブランド」をとにかく重要視したトランプは、自身も積極的にテレビに出て「お金持ち」のイメージを売るようになります。
さらには政治家になり、ついには大統領にまで上り詰めたのです。
その過程では、決して褒められない行動もたくさんあったでしょう。
しかし、音楽業界以外への進出を渇望するカニエにとって、次々と活躍する場所を広げながら大統領にまで成り上がったトランプのおこに共感したのかは想像に難くありません。
カニエは、「Ye vs People」という曲で「トランプが大統領になったなら、俺もなれるかもしれない」と歌っており、アパレル以外に、政治という道にも可能性を見出しはじめているのではないかと思います。
『ye』
カニエは療養から戻ってきてから、以前とは少し違う言葉選びをするようになりました。
たとえば、最近の彼は「Free Thinking(自由な思考)」や「Free Love(無条件の愛)」を訴えています。
彼が今年ツイッターに戻ってきた当初は、もしかして心の変化があったのかなと思った人も多かったでしょうが、その後のカニエを見るに、そして『ye』を聴くに、やはりカニエの『YEEZUS』以降の「俺を音楽業界に押しとどめようとする世界との戦い」というコンセプトやフラストレーションは、まだまだ続いているようです。
あいつらは言う、「自分でつくれよ」
俺は言う、「どうやってだよ、Sway?」
俺は言う、「奴隷は選択だった」
あいつらは言う、「どうしてお前はそんなことが言えるんだ?」
「奴隷は選択」発言のカニエによる内省と、カニエとキムの信頼関係。(Kanye West – “Wouldn’t Leave”)
果たして、カニエの心が満たされる日は来るのでしょうか。