*この記事はローリング・ストーンズに掲載されている記事の和訳です。
待望のケンドリック・ラマーのアルバム3作目が予定より1週間早く店頭に並んだ。
過去にもCDのサプライズリリースやアクシデントリリースは幾つかあった。ケンドリック・ラマーの待望の3rdアルバムはこの後者にあたる。3月23日リリース予定だった“ピンプアバターフライ”がiTunes, Spotifyに登場したのはその1週間前だった。ラマーのレコードレーベルの社長であるアントニー・ティフィスは“誰かが責任取るべきだ”とツイートしていたが、その後そのツイートは削除されている。
ファンはと言えば、ラマーが“率直な、恐れる事ない、且つ後ろめたさも捨てた”と語る最新アルバムを十分に楽しんでいる。ラマーは、ローリングストーンのカバーストーリーで16曲の背景を語ってくれた。
記事の目次
1.Wesley’s Theory
ローリングストーンのインタビューで、ラマーが語ったのは、今回のアルバム“To Pimp A Butterfly”がいかに70年代のファンクの影響を受けているかである。
1曲目からそれが分かるであろう。74年のカルヴィン・」ロックハートの映画のタイトルにも使用されたボリス・ガーディナーの“エブリニガーイズアスター”のサンプルがオープニングに起用されている。六ハートとガーディナーは、映画と歌という媒体を利用し、それまでネガティブなイメージのあった“ニガー”という言葉の意味を180度変えようとしたのである。ロック界では殿堂入りと言われるジョージ・クリントンが登場するこの第1曲は、ラマーが言うところのインスピレーションそのものだそうだ。
Wesley’s Theoryのプロデューサーであるフライング・ロータスの提案でクリントンとベーシストサンダーキャットの出演が決まったのである。しかし、この曲のキーとなる部分は、ラマーへ宛てたメッセージ“成功を手に入れるのは容易いことだけど、それを持続させるのは大変だ”というドクタードレーの声である。ラマーの歌詞がこの点を強調させている。
2.For Free?
2013年R&Bグラミーノミネートされたアルバム、ブラックラジオをヤシン・ベイ、エリカ・バドゥ、“To Pimp A Butterfly”のコラボレーターであるビラルと共に作成したクロスオーバージャズピアニストのロバート・グラスパーがこのインタールードでピアノのキーをたたき、ジャズドラマーの息子であり、グラスバーのブラックラジオ2、ケンドリックの“m.A.A.d.シティ”を手がけるテラス・マーティンがプロデューサーとして腕をふるった。
ラマーは、語る様に流れ出るラスト・ポエッツのような早口ラップを披露している。“こいつはヒマじゃない”とこぼし、“40エーカーの土地とロバをよこしな・1ピッチャーと老いぼれ犬じゃ物足りない”と繰り返す。
3.King Kunta
ファンキーな雰囲気で問いかけ調の“キング・クンタ”は、プロデューサー、マーク・サウンウェーブ・スピアーズのキューで21という若さで銃殺されたDJクイックの師匠であるマウンズバーグの“ゲットネーキッド”のサンプルがかかると、がらっと風調を変える。
ラマーといえば、マイケルジャクソンのヒット曲(“Life ain’t Shit but a Fat Vagina”やパーラメント(アーマッドの”ウィーワントザファンク“)の曲を引用している時も必死である。
4.Institutionalized
ラッキーとトミー・ブラックによってプロデュースされたこの“Institutionalized”は、“眼が回って混乱して・才能はあるのに近所の笑い者”という歌詞で人の葛藤やコンプトンでの下積み時代を描写している。
ラマーが第1小節を歌い終えると、ビラルを紹介する。彼は、祖母から伝えられている名言、“どんなに辛いことが起きても、自分で立ち上がらないと何も始まらない”とコーラスで参加する。最後には、クラブの会話と称してスヌープ・ドックが最終小節を紹介する。ソニームーンのアンナ・ワイズ(ラマーのm.A.A.シティのグッドキッドに参加している)とサラズのタズアーノルドもアドリブも加えながらの出演を果たしている。
5.These Walls
“Institutionalized”同様、“These Walls”には、ビラル、アンナ・ワイズ、そしてベーシストのサンダーキャットが加わっている。“もしこの壁が何かをもらすなら”というところから名付けられた“These Walls”は、急に成功をおさめた本人の人生の撃沈場面を物語る。
2011年に発売されたフランク・オーシャンの心傷つき自殺を計る歌“スウィム・グッド”を第1小節に引用していることからどの様な雰囲気の曲かが明白になる。
6.u
グラミー賞を獲得した楽観的で自信を持たせる”i“の片割れ且つ黒い部分がここに現れている。
いままでの中で一番に入る程書くのが難しかったとローリングストーンにケンドリックは語る。
”自分の不安や自己中心さや欠点といったすごく黒い部分が出ている。自分で自分が嫌になるような事柄ばかりだ。それがまた良い事だけどね“と続ける。
驚く要素が沢山あるアルバムの後半は、ファンから繊細さで慕われるウォアレイがプロデューサーをつとめ、ケンドリックがホテルのバスルームで発狂する場面で始まる。ロサンゼルスを拠点に活躍し、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、フライング・ロータス、スヌープ・ドックと演奏してきたテナーサックスプレーヤーのカマシ・ワシントン、34歳の奏でる音ととても合った空気である。2000年のはじめに話題となった ”ネオ・ソウル“を知らない若者がシンガー、ビラルの才能に出逢うことのできる歌が”ユー“である。ジェシカ・ヴィールマス、SZAと共にバックアップコーラスとして参加している。SZAは、トップ・ドッグ・エンターテイメントと契約している売れっ子アルターネティブ・R&Bシンガーである。
2014年に発売されたEP, “Z”は、非日常的なエレクトリックで多くのファンを魅了し、ビルボードで9位を飾っている。
7.Alright
あの有名な“ザカラーパープル”の歌詞ではじまる。プロデューサーファレルとサウンウェーブとの共同作品である。
8.For Sale?
ラマーのいつものバックコーラスであるビラル、タズ・アーノルド、SZAに加え、R&Bスターとして2月にデビューアルバムをリリースしたプレストン・ハリスが入り、今まで以上の意気込みを感じる一曲である。
9.Momma
既に3つのバンドキャンプテープをリリースしたロサンゼルスのビートメーカー、ノーリッジが参加している。ノーリッジは、2013年に2つのカセットによる世界を驚愕の世界へと招くコラージュ作品をリリースしたばっかりである。
多くの世代から支持を得るアンダーグランドのヒップホップの砦、ストーンズ・スローも参加する。“ファーストドーターオブソール”のララ・ハサウェイ(ドニー・ハサウェイの娘)が務める優雅な前半とビラルが務めるうつろな後半が光と影を巧く描いている。ハサウェイの2008年のトラック“オンユアオウン”から引用もされている。その歌詞は、別れを目の前にして壊れそうな人々へ向けて落ち着くような夢の世界を伝えるものである。“ママ”では、スライ&ザファミリーストーンの1974年のアルバムスモールトークからのトラック,“ウィッシュフルシンキング”からの引用もある。
ラマーは、自身の悲惨な人生の一部をさらけ出してこう歌う。“なんといっていいのか分からない感情、君の本質はどこにある?女の中?金の側?それとも人間か?”と、グッド・キッド(m.A.A.dシティ)での大成功と共に味わったジレンマ、成功への感謝と行きどころの無い模索が現れている。
10. Hood Politics
この曲は、サフジャン・スティーブンズの2010年のアルバム、エイジオブアッヅのサンプルを元に作られている。
彼のアルバムは、異端児ロイヤル・ロバートソンからインスピレーションをもらって作られた。ケンドリックもまた、普通とされる囲いから外れた時に一番自分らしさを取り戻すという。一般教書演説にて、スティーブンズがスピーカーとして、ケンドリックがオバマの2期目を担当し、” フッドポリティックス” では、人生の落とし穴になり得るすべての項目を取り入れ、大胆不敵な曲を提供している。
“デビューから1位を獲得”と始まり、予想だにしない終わり方をする。“何もかもクソ食らえ。コンプトンから議事界まで。続けてラマーは、批評家と使用者の偽善者ぶりを暴いている。そして、参議院、衆議院の日常の成果の無さをぶった切る。
11. How Much a Dollar Cost?
“How Much a Dollar Cost?”では、ガソリンスタンドでのホームレスにお金をせびられる場面から神との遭遇を語る。ジャスティンティンバーレークの“ザ20・20エクスピリエンス”、ジョーディン・スパークス、クリス・コーネル、シアラ、フランク・オーシャンに曲を提供しているソングライタージェームスフォントレロイが参加している。
フォントレロイは、デスティニーズチャイルドの”セイマイネーム“、ドレークの”ガールズラブビヨンセ“に参加したことで注目を浴びた。カメオ出演として、アイスリーブラザーズのロナルドアイスリーが参加している。この曲は、ラジオヘッドのピラミッドソングに類似している点がある。洗脳の中の神聖なる例えを暗黒の世界として描写している部分が挙げられる。
12. Complexion(A Zulu Love)
“Complexion(A Zulu Love)”では、ラマーは、自分の事を綿農場の奴隷のように描写し、ウィリアムリンチの有名なスピーチとかぶせている。とっさに、歴史を思い起こさせ、未来のアメリカがその歴史と同じ軌道を進まないことを主張する。
ラマーのラップパートナーとして起用したこともあるジャムラ・レコーズがピート・ロックと共にヴォーカルで参加している。彼女は、世界に人差別的位の違いが存在しないことや、イドリス・エルバが次のジェームス・ボンド候補だと断言している。(彼自身がこれは否定している)
13. The Blacker the Berry
“The Blacker the Berry”は、2月10日にリリースされた曲だが、ラマーは、トレイヴォン・マーティンの殺害のニュースをもとに3年かけて書き上げた鋭く攻撃するような内容が印象的である。
ローリングストーンのインタビューでは、新しい形の怒りがこみ上げて来たと語っている。プロデューサーであるドレーク、コラボレーターのボイイーダイントロを歌うララ・ハサウェイ、ダンスホールアーティストで、ケィン・ウェストの“アイムインイット”に登場したアサシンと一緒にその怒りを解き放とうとしたのである。
14. You Ain’t Gotta Lie (Momma Said)
“サーカスは他の人を楽しませる人のためにある。あなたの名前を聞くと、みんな大笑い”という母親からの愛情から始まる”You Ain’t Gotta Lie(Momma Said)”は、ドレークのように自分の今までの嘘を謝るのではなく、27歳のラッパーは、母親の言うことを聞いたのである。トラックの最後には、彼が自分の周りに同じことを言っている。
15. i
去年の9月にシングルとして発売された“アイ”がアルバムバージョンとして登場する。
5分以上もあるイントロでは、“名の知れないどこかのラッパーだが、世界一とされる”ラッパーのためのステージを準備する。3分後に始まる観客のけんかを見かねて“自分の出番の時はやめろ”と始まる。“昔から俺たちの仲間を何人無くしている?本当に。だからもう、無駄にする時間はないんだ”と続き、最後にはアカペラへと移り、誰1人としてしゃべる声がしない程注目を浴びる。
16. Motal Man
このアルバムの最後のトラックは、12分にも及ぶ“モータルマン”である。ラマーは、アルバムのすべてをあげて、妄想にふける。ラマーは有名になるにつれて、歴史上の黒人社会の見解を吟味する。LPの中で一番印象的となる台詞を繰り返す。彼自身の地位の乱用と彼の影響が及ぼす事柄との内心の葛藤である。
2014年に南アフリカへ行ったラマーは、“モータルマン”を書く決心をした。モーセ、マンデラ、マーティンルーサーJrに続く名前を探して。今回の“トゥピンプアバターフライ”は、1975年に発売されたフェラ・クッティの“アイノーゲットアイフォーブラック”と同様シンプルなものである。ラマーが自身の成功を振り返ると共に1994年のP3ソウルでのスウェーデンのジャーナリストマッツニルスカーとトゥパックのインタビューを重ねる。サンプルでは、ラマーが今は亡きウェストコーストMCに質問を投げかけるというやり取りが続く。成功を収め、人々から尊敬される立場になったラマーが自分のヒーローとする人へ指導を請う姿はとても謙遜的である。
参考記事
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