「移民は雇用機会を奪う」は本当か。マリエル難民事件の研究事例を紹介。

移民は雇用を奪うは本当か?

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移民は雇用機会を奪う?

どうも、RAQ(@raq_reezy)です。

よく移民受け入れに反対する議論のひとつに「移民を受け入れると雇用機会が奪われる」というものがあります。

例えば、今年(2020年)の4月22日にトランプ大統領が移民受け入れ停止の大統領令に署名したときにも、米国民の雇用を守るためだと説明しています。

【ワシントン時事】トランプ米大統領は22日、移民受け入れの一時停止を命じる大統領令に署名した。新型コロナウイルス対策で経済活動が停滞し、失業者が急増しているのを受け、米国民の雇用を守るためと説明している。

トランプ氏は同日の記者会見で、移民受け入れ停止によって「雇用に当たって失業中の米国民が最優先されるようにする」と説明。「われわれは偉大な米国民を大切にしなければならない」と強調した。

トランプ氏、移民受け入れ停止の大統領令署名 コロナ対策での雇用悪化で

この議論については、直感的に正しいと思っている方が多いのではないでしょうか。

僕自身も、そもそも深くこの議論について考えたことはありませんでしたが、なんとなく雇用面にはマイナスなのかなと理解していたように思います。

マリエル難民事件と類似案件の研究

さて、この件について、いま読んでいる本絶望を希望に変える経済学に興味深い研究結果が載っていたので紹介したいと思います。

本書によると、そもそも毎年世界で国境を超える移民は、全人口の3%なのだそうです。

この3%の人口が世界各地に移住するわけなので、「雇用に影響を与えうるほど、移民が一気に増えた」という地域は、歴史上、実はそこまで多くはありません。

そんな中で、デビッド・カードという学者が注目した事例がありました。それが「マリエル難民事件」です。

キューバのマリエル難民事件とは

マリエル難民事件とは、1980年にキューバ人がマリエル港から国を出てマイアミに移民として押し寄せたイベントです。

当時、為政者のフィデル・カストロが「国を出たいものは自由に出国してよい」と宣言したところ、12万5千人のキューバ移民がマリエル港をボートで出発してマイアミに押し寄せました。

カストロの演説が行われた4月20日の直後から人々は出国を開始。9月までのわずか4ヶ月程度の間に12万5千人がマイアミに上陸したのです。この結果、マイアミでは労働者人口が一気に7%も増加しました。

デビッドは、差分の差分法という手法を使って、この移民流入によるマイアミ労働者の雇用・賃金への影響を調査しました。具体的には、もともとマイアミにいた労働者の賃金と雇用率の変化を、アトランタ、ヒューストン、ロサンゼルスといった類似都市と比較しました。

その結果、流入直後にも、その数年後にも、マイアミの労働者の雇用・賃金には何の影響もありませんでした

類似案件の研究

この研究は、多くの研究者を触発し、類似案件の研究に向かわせました。

探せば見つかるもので、短期間に移民人口が激増したケースについての研究が進みました。

  • フランスからアルジェリアが独立した際に、大量のアルジェリア人が本国に強制送還された事例
  • ソ連からイスラエルに大量の移民が流入した事例
  • ヨーロッパからアメリカへの大移住期の事例

いずれにおいても、流入国における雇用・賃金への影響は軽微なものでした。

また、中には、移民の流入がプラスに働いたケースもありました。たとえば、ヨーロッパからアメリカへの大移住期には、新たな労働者の流入に伴って、元から住んでいたアメリカ人が管理職に昇進する機会が増えました

米国科学アカデミーの結論:雇用への影響は軽微

「移民は雇用を奪うか」という問いに対する、学術界のひとつの結論として、米国科学アカデミーの報告書があります。

移民推進派・懐疑派の両方が参加して執筆された報告書において、移民の流入の雇用への影響は軽微だと記されています。

ここ10年間の実証研究は、これらの研究成果が、全米研究評議会の報告(1997年)とおおむね一致することを示している。すなわち、10年以上の長期にわたって計測した場合、移民が受入国住民全体の賃金に与える影響はきわめて小さい

雇用機会を奪わない理由:移民は需要も増やすから

さて、「移民は雇用を奪わない」という点について、数値面では研究の成果があると紹介した通りですが、この理論面についても見ていきたいと思います。

定住移民は需要を増やす

移民が雇用・賃金に悪影響を与えない理由は、しっかりと考えてみると当たり前で、移民は労働者であると同時に消費者でもあるからです。

つまり、移民が新しく流入すると、現地では、労働力の供給が増えるのと同時に、消費ひいては労働力への需要も増えるということです。

出稼ぎ労働者は需要を増やさない

雇用に悪影響を与える例もあります。それは、出稼ぎ労働者のケースです。

出稼ぎ労働者は、定住移民とは違って、その土地に定住しません。なるべく節約しながら働いてお金を稼ぐと、本国に送金したり持ち帰ります。そのため、出稼ぎ労働者は消費を増やすことがなく、単純に雇用を奪うことになります。

かつて、チェコの出稼ぎ労働者がドイツでの労働を許可されていた時期があります。この時期、国境近くのドイツの町では、労働力の最大10%程度がチェコの出稼ぎ労働者となっていました。同時期に、これらの町では雇用率が悪化しています。

高技能移民は雇用に悪影響を与える場合がある

高技能移民は、雇用に悪影響を与える場合があります。これは高技能移民が提供する労働力は、高技能移民の消費によって需要が増える労働力(単純労働)とは性質が異なるためです。

移民が入ってくると消費が増えるため、一般的な仕事については労働力への需要も増えますが、プロフェッショナルな仕事における労働力への需要はあまり増えません。そのため、プロフェッショナルな仕事はシンプルな席の奪い合いになるということです。

まとめ

今回は「移民が雇用を奪う」という議論は本当かという内容について、本の内容を紹介しました。

結論としては、定住してくれる移民は消費者でもあるので、一般的な仕事の雇用を奪うことはないという結果になります。一方で、出稼ぎ労働者や高技能移民については、雇用機会を奪うことがあります。

これはあくまでも雇用の話ですが、興味深かったので紹介でした。

ちなみに、『絶望を希望に変える経済学』はビル・ゲイツおすすめの一冊となっています。

『絶望を希望に変える経済学』

いま、あらゆる国で、議論の膠着化が見られる。多くの政治指導者が怒りを煽り、不信感を蔓延させ、二極化を深刻にして、建設的な行動を起こさず、課題が放置されるという悪循環が起きている。移民、貿易、成長、不平等、環境といった重要な経済問題に関する議論はどんどんおかしな方向に進み、富裕国の問題は、発展途上国の問題と気味悪いほど似てきた。経済成長から取り残された人々、拡大する不平等、政府に対する不信、分劣する社会と政治…この現代の危機において、まともな「よい経済学」には何ができるのだろうか?よりよい世界にするために、経済学にできることを真っ正面から問いかける、希望の書。

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